稲葉城趾之図」には、天守台の石垣がはっきりと4段で 描かれている。 ・これまでの本市の調査において、 令和元年度に1段目北西隅…
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稲葉城趾之図」には、天守台の石垣がはっきりと4段で 描かれている。 ・これまでの本市の調査において、 令和元年度に1段目北西隅…
います。 二ノ門や天守台の周辺において石垣を確認してまいりましたし、また山上部におきましても庭園を伴う饗応の場所が存在した可能性があるということもわかってまい…
令和4年度には、今の天守台はここなのですが、この場所に南西角の石垣があったということで、本来の石垣はここだったということで、天守の西側の辺約14メートルが本来の…
長公の時代とみられる天守台石垣の発見は、これまで日本で最初の天守と考えられていた安土城に先駆けるものとして、注目を集めております。 加えて、天守南側では、かわ…
る。 ② また、天守台周辺で礎石を初めて確認できたことは予想だにしていなかった。 この平坦地に 櫓 やぐら や塀といった建物があった可能性がでてきた…