びと、織田信長がご案内申し上げよう。 ここ弥八地蔵は、松亀山誓安寺といい、わしの家老で美濃加賀野井(現羽島市)城主・駿河守重信の子・弥八郎が建立したと伝えられ…
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びと、織田信長がご案内申し上げよう。 ここ弥八地蔵は、松亀山誓安寺といい、わしの家老で美濃加賀野井(現羽島市)城主・駿河守重信の子・弥八郎が建立したと伝えられ…
と、風神・雷神がご案内申し上げよう。 風神「ここは、わしたちを描いた岐阜市美殿町出身の加藤栄三・東一兄弟画家の業績を記念して、平成2年(1990)に建てられた…
びと、織田信長がご案内申し上げよう。 ここ専福寺は寛永年間(1624~1644年)に、この場所に移った真宗寺院で、織田信長朱印状、豊臣秀吉朱印状、池田輝政制札…
ないびと、千代がご案内申し上げまする。 大河ドラマ「功名が辻」でも紹介していただいておりますが、永禄10年(1567)、信長様が稲葉山城をお攻めになり、この地…
びと、織田信長がご案内申し上げよう。 ここ岐阜公園の北の正門の前にはのう、長崎平和祈念像の作者としても有名な彫刻家・北村西望作のわしの像があるぞ。わしは若き頃…
ないびと、亀姫がご案内申し上げまする。 わたくしは、徳川家康の娘で、加納藩初代藩主・奥平信昌の妻・亀姫でございます。ここ水薬師寺は、臨済宗妙心寺派で薬師如来を…
びと、徳川家康がご案内申し上げよう。 ここ加納城は、関ヶ原合戦直後に西国大名に対する要衝として、わしが家臣・本多忠勝に築城を命じた城である。廃城となった岐阜城…
くすのき)の精がご案内申し上げます。 この場所には、かって楠堂(なんどう)という建物がございました。楠堂は、現大垣市出身の実業家・矢橋亮吉が明治37年(190…
びと、斎藤道三がご案内申し上げよう。 ここ常在寺は、斎藤家にゆかりの深い寺で、日蓮宗京都妙覚寺を系譜とする寺である。開山は宝徳2年(1450年)、土岐家守護代…
ないびと、亀姫がご案内申し上げまする。 わたくしは、徳川家康の娘で、加納藩初代藩主・奥平信昌の妻・亀姫でございます。光国寺は、臨済宗妙心寺派で、慶長19年(1…
尼(りていに)がご案内申し上げまする。 わたくしは、応仁の乱(1467~1477)の頃に活躍した美濃の国の武将、斎藤妙椿様の子・妙純の妻です。この開善院は、応…
友好庭園の獅子がご案内申し上げます。 ここは、岐阜市と中国・杭州市(こうしゅうし)の友好都市提携10周年を記念して造られた庭園です。中国風の門や土塀・東屋(あ…
いびと、鵜飼桜がご案内申し上げます。 ここ護国神社の付近一帯は桜の名所として知られています。開花時期には、連日、昼夜を問わず多くの花見の方々で賑わっています。…
びと、北原白秋がご案内申し上げます。 ここは、名水のモニュメントをはじめ、斎藤道三公墳の碑、松尾芭蕉翁の句碑、そしてわたくしの歌碑など、さまざまな石碑が樹木の…
びと、織田信長がご案内申し上げよう。 ここ、JR岐阜駅北口駅前広場には、黄金に輝くわしがおるんじゃ。平成21年9月に岐阜市の市制120周年を記念して、市民の寄…
ないびと、濃姫がご案内申し上げまする。 この信長の庭は、わたくしたちが生きておりました戦国の世を思わせる日本庭園にございまする。わたくしの父・道三、夫・信長、…
びと、斎藤道三がご案内申し上げよう。 わしは稲葉山城(後の岐阜城)を居城とするため、かつて金華山北側中腹の丸山にあった伊奈波神社を、この地へ移したのだ。天文8…
びと、織田信長がご案内申し上げよう。 永禄10年(1567)※注、わしが後に岐阜城と改めた稲葉山城を攻略したとき、本陣だった場所に移したのがこの寺である。わし…
、イチョウの精がご案内申し上げます。 わたくしは、樹齢およそ500年の市内でもっとも大きな銀杏(イチョウ)です。樹高30m、幹周5.9mの雌株で、岐阜市指定天…
びと、織田信長がご案内申し上げよう。 寺伝では、今の羽島市小熊にいた地蔵を、わしが、永禄11年(1568)に現在地に移したのじゃ。しかし、地蔵が小熊に帰りたい…