発掘調査でわかったこと 信長期に築かれた石垣を確認(1区) 石垣石材が比較的大きく、石材の間に間詰石(まづめいし)を入念に入れて構築している。 →山麓の…
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発掘調査でわかったこと 信長期に築かれた石垣を確認(1区) 石垣石材が比較的大きく、石材の間に間詰石(まづめいし)を入念に入れて構築している。 →山麓の…
段目の石垣を確認することができました。 『稲葉城趾之図』の西側ラインに相当する箇所においては、 石垣そのものの石材1石(幅70cm×高さ40cm×奥行95c…
有林の範囲に相当することが分かりました。つまり戦国時代の城域が江戸時代には尾張藩、近代には宮内省の御料林へと受け継がれ、現在の国有林となったのです。今回の指定は…
おり石垣が続いていることを確認しました。 また、今回の発掘箇所では円礫やかわらけが 少なく、瓦が多く堆積する状況を 確認しました。 瓦は令和…
階の石垣が見つかったことにより、信長段階の改修に組み合わせて、斎藤段階の石垣も引き続き利用していることが明らかになった。 有識者の評価 中井 均 (なかい ひ…
1段のみ露出していることから、この下段の石垣の有無を確認するため発掘調査を行いました。 その結果、信長公時代とみられる下段の石垣を絵…
面下方には竪堀があることがわかっていました。この竪堀 が登城路まで伸びていたのかどうかを確認するため、令和4年度からこの場所の調査を進めてきました。 今年…
かり、底から水が湧くことから井戸の可能性が考えられます。 調査のまとめ 今回の新たな発掘調査成果から岐阜城は斎藤道三公から織田信長公、そして池田輝政…
残りのいい石垣であることがわかりました。 また石垣の前面には、瓦を大量に含む層が堆積しており、瓦葺きの建物に使われたものが廃棄されたと考えられます。(3)天…
造られた可能性があることが判明しました。 天守閣西側の追加調査区で、下段石垣の裏込と天守台石垣基底石を確認しました。 →天守台の北西隅だけでなく、西側で…
道三公により築かれたことが判明 一ノ門は岩盤の高まりの周りに石垣と巨石石垣を組み合わせてコーナー部分を造り出しています。 このような構造と平面形が、16世紀…
が南に続いて いることがわかりました。 また、今年度の調査範囲では、かわらけの出土 量がわずかで、石垣前面には、瓦がまとまって出 土するという、昨年度…
により構築されていることがわかりました。 これらの石垣は、江戸時代の絵図『稲葉城趾 之図』にも描かれています。 いな ば じょう し の ず ろ…
岐阜城 城内に入ることにな ります。 現在の「一ノ門」 跡には巨大な石が並 んでいますが、当時 は一体、どのような 姿だったのでしょう か? …
壊 されてしまったことが分かります。 今回の調査は、この失われた石垣を確認するた めに行いました。その結果、石垣の最下段を見つ けることができました。…
名等の記載がなかったことを示す。ただし、明らかに所有者・管理者が分かるものについては記 載している。 1.既存サインの種類 前ページに記載の分類のも…
から大きな成果を得ることが出来たが、文献史料に関する基礎作業や 考察については十分に網羅出来なかったなどの課題も残っている。また、岐阜城だけでなく 全国の城…
大きな方向性を定めることができました。将来は、 より市民に愛され、より多くの人々に岐阜城跡の良さを知ってもらえるような、史跡になることが 期待されます。 …
要な城跡であるということが明らかになってきた。今後は、学術的・歴史的な価 値を踏まえた保存・活用を推進することが必要であり、市民・国民にとっても有益であると考…
があった可能性が高いことが判明した。 ・4次調査(2007~2017) 平成 19 年度から開始した山麓部庭園の第4次調査は調査区をA地区・B地…